「渡米実業団」日録

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 今から約100年前の1909(明治42)年、東京・大阪など6大都市の商業会議所を中心とした民間人51名が3ヶ月間にわたりアメリカ合衆国の主要都市を訪問し、民間の立場から、日本とアメリカの経済界を繋ぐパイプづくりに大きく貢献しました。
 この日録では「渡米実業団」(Honorary Commercial Commissioners of Japan to the United States of America)と呼ばれた日本初の大型ビジネスミッションの日々の出来事を、『渋沢栄一伝記資料』に再録された資料等で追いながら、過去に遡る形で掲載しています。

 1910(明治43)年12月24日(土) 『渡米実業団誌』献上 【『渋沢栄一伝記資料』第32巻掲載】

竜門雑誌』 第271号 (1910.12) p.56-57

○渡米実業団誌の献上 渡米実業団長たりし青渊先生監督の下に、紐育総領事水野幸吉・巌谷季雄の両氏か専ら編纂を担任して、明治四十二年八月より同年十二月に渉りて北米合衆国各地を巡回視察したる渡米実業団の由来・準備・行動及調査の各事項を網羅したる「渡米実業団誌」は、本年十月に至り製本出来したるを以て、青渊先生には先頃宮内省に出頭し、渡辺宮内大臣の手を経て
天皇皇后両陛下、皇太子同妃両殿下へ渡米実業団誌献納の儀を願ひ出でたる処、本年十二月二十四日附を以て、渡辺宮内大臣より左の如き通牒ありたりといふ
 一 渡米実業団誌   四部
 右
 天皇
 皇后 両陛下
 皇太子同妃殿下へ献納被致候に付、御前へ差上候、此段申入候也
  明治四十三年十二月二十四日
                   宮内大臣 子爵 渡辺千秋
    元渡米実業団長 男爵 渋沢栄一殿
(『渋沢栄一伝記資料』第32巻p.486掲載)