ニューヨーク
『竜門雑誌』 第287号 (1912.04) p.57 ○紐育商業会議所と我渡米団昨年十二月七日紐育州商業会議所に於て、日本渡米実業団に対する決議を羊皮紙に浄写して、今回青渊先生並に団員諸氏に伝達し来りし由なるが、其決議文左の如しと。 紐育州商業会議所は、紐…
『竜門雑誌』 第258号 (1909.11) p.43-46 △別報(紐育十一月二日発電) 米国々務卿は絶大の名誉を与へて日本実業家一行を引見せり、一行はワシントンに於て多大の熱狂を以て迎へらる (『渋沢栄一伝記資料』第32巻p.262掲載) 参考リンク 都市詳細 ワシン…
『東京経済雑誌』 第60巻第1513号 (1909.10.23) p.778 渡米実業団の紐育歓迎 我渡米実業団は、十月七日我国に初めて使節を送りたるフイリモーア大統領の生地たるバツフアローより、ナイヤガラ瀑布見物に出掛け、一寸加奈陀領に立寄り、夕刻帰りて共進会発…
『竜門雑誌』 第270号 (1910.11) p.44-51 ○青渊先生米国紀行(続) 随行員 増田明六 十月廿一日 木曜日 (晴)紐育滞在一週間も匆卒の間に経過して、今夜十一時列車に帰着し、明朝は午前一時に発車する順序なりければ、一行は荷作等に余念なし青渊先生には…
『渡米実業団誌』 (巌谷季雄, 1910.10) p.540-542 ○第三編 報告 第二章 電信雑輯 [前略]之れ [10月19日付、渋沢団長から商業会議所宛のポルトラ祭典成功を祈念する電報] に対し、翌日桑港商業会議所会頭マクナブ氏より、渋沢団長に宛て 「桑港商業会議所は…
『竜門雑誌』 第270号 (1910.11) p.44-51 ○青渊先生米国紀行(続) 随行員 増田明六 十月二十日 水曜日 (晴)青渊先生には午前中信書を認められ、正午エクイテーブル生命保険会社々長バウル・モルトン氏の催にかかる法律家倶楽部に於ける午餐会に出席せら…
『渡米実業団誌』 (巌谷季雄, 1910.10) p.540-542 ○第三編 報告 第二章 電信雑輯 十月十九日紐育滞在中、桑港市が震災後に於ける復興を祝せんが為めに催したる、ポルトラ(最初に加州を開拓したる人)祭典を行ひたるにより、団長渋沢男爵の名を以て、同日…
『竜門雑誌』 第270号 (1910.11) p.44-51 ○青渊先生米国紀行(続) 随行員 増田明六 十月十九日 火曜日 (晴)午前七時青渊先生には、日比谷・坂口・堀越・中野・西村・紫藤・町田・上遠野の諸氏と共に、ホルヨークに於ける絹糸協会々頭スキンナー氏経営の…
『渡米実業団誌』 (巌谷季雄, 1910.10) p.264-282 ○第一編 第六章 回覧日誌 東部の下 附記 加奈陀分遣隊記事 (田村新吉氏稿) 明治四十二年十月十八日南博士・原博士・渡瀬学士・田村の四氏は、加奈陀地方農商工業視察の為め、分遣隊として紐育を発し、十…
『竜門雑誌』 第270号 (1910.11) p.44-51 ○青渊先生米国紀行(続) 随行員 増田明六十月十八日 月曜日 (晴)本日以後廿一日迄は定められたる日程とては無く、一行随意の行動に委せられたれば、青渊先生には終日在宿せられて、来訪日本人に接し且信書を認…
『竜門雑誌』 第270号 (1910.11) p.44-51 ○青渊先生米国紀行(続) 随行員 増田明六 十月十七日 日曜日 (晴)午前十時より青渊先生には中野武営氏及一行中の同会員と共に、東京高等商業学校同窓会紐育支部の歓迎会に臨まれたり、出席者は一行中にては 青…
「紐育平和協会」徽章(「紀念牌及徽章」 (『渡米実業団誌』巻頭折込)掲載) 『竜門雑誌』 第270号 (1910.11) p.44-51 ○青渊先生米国紀行(続) 随行員 増田明六 十月十六日 土曜日 (晴)青渊先生には午前中を接客に忙しく経過せられ、午後一時より一行…
『竜門雑誌』 第270号 (1910.11) p.44-51 ○青渊先生米国紀行(続) 随行員 増田明六 十月十五日 金曜日 (晴寒風強)午前十時より紐育商人協会の案内にて、西四十二丁目の波止場より汽船に乗じてハドソン河を下り、港内の状況、水陸連絡の状態を視察し夫よ…
『竜門雑誌』 第270号 (1910.11) p.44-51 ○青渊先生米国紀行(続) 随行員 増田明六 十月十四日 木曜日 (晴)午前中は休息の時間割なりければ、青渊先生には室内に在りて信書を認められ、午後零時半より、一行と共に紐育商業会議所に於て開催せられたるレ…
「紐育絹業協会」徽章(「紀念牌及徽章」 (『渡米実業団誌』巻頭折込)掲載) 『竜門雑誌』 第269号 (1910.10) p.28-31 ○青渊先生米国紀行(続) 随行員 増田明六君 十月十三日 水曜日 (晴)午前九時絹物組合員の案内にて、青渊先生以下自動車に分乗ホテ…
『渡米実業団誌』 (巌谷季雄, 1910.10) p.540-542 ○第三編 報告 第二章 電信雑輯 ○上略十月十二日 オクラハマ州オクラハマ市三井物産会社出張所より 「オクラハマ市の商業会議所は、日本実業団がオクラハマ市を訪問せんことを熱心に希望す、其諾否を承知し…
『竜門雑誌』 第269号 (1910.10) p.28-31 ○青渊先生米国紀行(続) 随行員 増田明六君 ○上略十月十二日 火曜日 (晴)午前六時半紐育市グランド・セントラル停車場に到着す。○中略車中にて食事を終り、歓迎委員の案内にて青渊先生以下一同自動車に分乗して…
是日、栄一等渡米実業団一行、ニュー・ヨーク市に入り二十一日まで滞在す。十月二十日、タウンゼンド・ハリスの墓に詣づ。 出典:『渋沢栄一伝記資料』 3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代 明治四十二年−昭和六年 / 1部 社会公共事業 / 3章 国際親善 / …