「渡米実業団」日録

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 今から約100年前の1909(明治42)年、東京・大阪など6大都市の商業会議所を中心とした民間人51名が3ヶ月間にわたりアメリカ合衆国の主要都市を訪問し、民間の立場から、日本とアメリカの経済界を繋ぐパイプづくりに大きく貢献しました。
 この日録では「渡米実業団」(Honorary Commercial Commissioners of Japan to the United States of America)と呼ばれた日本初の大型ビジネスミッションの日々の出来事を、『渋沢栄一伝記資料』に再録された資料等で追いながら、過去に遡る形で掲載しています。

ミルウォーキー

 1909(明治42)年11月1日(月) 日本での報道「渡米団一行中に如斯愛嬌ある失策と手柄とあり」(実業之日本)

『実業之日本』 第12巻第23号 (1909.11.01) p.31-32 渡米団一行中に如斯愛嬌ある失策と手柄とあり 特別通信員 社友 加藤辰弥 渋沢男演説に酒落を交ゆ九月二十二日ミルウオーキー市に於て商業会議所晩餐会席上、渋沢男は演説終りて後、一同に向ひて曰く『吾…

 1909(明治42)年10月2日(土) 日本での報道「一行は、米国第二の大都会での歓迎に頗る満足。使命全うせるを信ず」(東京経済雑誌)

『東京経済雑誌』 第60巻第1510号 (1909.10.02) p.641-642 ○渡米実業団消息 ミネアポリスに於て大統領タフト氏に謁見したる我渡米実業団の一行は、九月二十一日同地出発、セント・ポール市に乗込み、オーデトリユームに於て盛大なる午餐会あり、席上市長ロ…

 1909(明治42)年9月23日(木) 渋沢栄一、大工場を見学し「見る多き(ミルオーキー)」と賞賛、公会堂でスカーマン・ヘイネック(E.シューマン=ハインク?)を聴く 【滞米第23日】

渋沢栄一 日記 1909(明治42)年 (渋沢子爵家所蔵) 九月二十三日 晴 冷午前七時起床、入浴シ、畢テ支度ヲ整ヒ、八時朝飧ヲ食ス、後自働車ニテ湖水ニ沿フタル公園ヲ経テアルムス・チヤルマスト云フ鉄工所ニ抵リ場内ヲ一覧ス、構造壮大ニシテ頗ル整頓ス、工…

 1909(明治42)年9月22日(水) ウィスコンシン大学(マディソン)、皮革会社、ビール会社等(ミルウォーキー)を見学 【滞米第22日】

渋沢栄一 日記 1909(明治42)年 (渋沢子爵家所蔵) 九月二十二日 雨 冷午前七時起床、支度ヲ整ヒ、朝飧ヲ食ス、八時半マヂソンニ着ス、ウエスコンシン大学ヨリ歓迎ノ人、車中ニ来リ、州知事モ来リ迎フ、自働車ニテ大学ニ抵リ、総長ノ案内ニテ校内ヲ一覧ス…