「渡米実業団」日録

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 今から約100年前の1909(明治42)年、東京・大阪など6大都市の商業会議所を中心とした民間人51名が3ヶ月間にわたりアメリカ合衆国の主要都市を訪問し、民間の立場から、日本とアメリカの経済界を繋ぐパイプづくりに大きく貢献しました。
 この日録では「渡米実業団」(Honorary Commercial Commissioners of Japan to the United States of America)と呼ばれた日本初の大型ビジネスミッションの日々の出来事を、『渋沢栄一伝記資料』に再録された資料等で追いながら、過去に遡る形で掲載しています。

 1909(明治42)年12月8日(水) 日本での報道「実業団布哇着」(東京日日新聞)

東京日日新聞』 第11853号 (1909.12.08)

    ○実業団布哇着
渡米実業団一行中の中野東商会頭より、七日同会議所に宛て布哇より左の電報到着せり
  一行は桑港発以来、海上無事、只今ホノルヽ着、十七日午前九時横浜上陸に決定せり、地洋丸無線電信機故障あり、受信は可能なるも発信出来ず、当地発以後通信なくとも、安否には心配なき様伝達されたし
会議所にては、直ちに各方面に右の趣を伝達すると共に、神戸・横浜名古屋・大阪の各会議所(京都脱カ)に向ひ、聯合会開催期日に付、交渉を発したり。
(『渋沢栄一伝記資料』第32巻p.384掲載)


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