「渡米実業団」日録

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 今から約100年前の1909(明治42)年、東京・大阪など6大都市の商業会議所を中心とした民間人51名が3ヶ月間にわたりアメリカ合衆国の主要都市を訪問し、民間の立場から、日本とアメリカの経済界を繋ぐパイプづくりに大きく貢献しました。
 この日録では「渡米実業団」(Honorary Commercial Commissioners of Japan to the United States of America)と呼ばれた日本初の大型ビジネスミッションの日々の出来事を、『渋沢栄一伝記資料』に再録された資料等で追いながら、過去に遡る形で掲載しています。

 1909(明治42)年11月28日(日) 日本への発電「凱旋門開門式」(竜門雑誌)

竜門雑誌』 第259号 (1910.12) p.41-42

凱旋門開門式(桑港十一月廿八日発電)
実業団は二十七日市内及金門公園を巡覧し、クリフハウスに小憩して、コルマよりバーリンゲームに至り、カンツリー倶楽部に於て有志の招待にて午餐の饗応あり、神術家として有名なるボウイー氏の家に日露戦争紀念として建設したる凱旋門開門式を挙げられ、渋沢男其式を執行はれたり、次にデイーブル氏の招待を受けて後桑港に帰り直に旅館に入る、夜は団員の一部はボヘミア倶楽部に列席し、同会員の競技を見物し、学校にて日本協会の接見会に続いて、巌谷一六・久保田米僊二氏の遺墨展覧会あり、巌谷小波氏は特に演説をなせり、既に欧洲に向ひたる岩本・松村二氏を除くの外、一行悉く桑港に会合せり
(『渋沢栄一伝記資料』第32巻p.359掲載)


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