「渡米実業団」日録

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 今から約100年前の1909(明治42)年、東京・大阪など6大都市の商業会議所を中心とした民間人51名が3ヶ月間にわたりアメリカ合衆国の主要都市を訪問し、民間の立場から、日本とアメリカの経済界を繋ぐパイプづくりに大きく貢献しました。
 この日録では「渡米実業団」(Honorary Commercial Commissioners of Japan to the United States of America)と呼ばれた日本初の大型ビジネスミッションの日々の出来事を、『渋沢栄一伝記資料』に再録された資料等で追いながら、過去に遡る形で掲載しています。

 1909(明治42)年9月10日(金) 「沼野領事のオレゴン州談」

渡米実業団誌』 (巌谷季雄, 1910.10) p.117-124

 ○第一編 第三章 回覧日誌 西部の一
     第六節 ポートランド市の概況
     沼野領事のオレゴン州
オレゴン州はコロンビヤ河の南、カリフォルニヤ州の境に到るまでを云ふ。其面積は約九万平方里、朝鮮の全面積より広し。人口は近年非常に増加せしも猶ほ六・七十万に過ぎす、其地勢の概略は、太平洋沿岸より東方四哩にして「キャスケード」山脈あり、更に東にはロッキー山脈あり、所謂日本潮流より来る温暖なる空気は、キャスケード山脈に衝つて雨となる。其以東は乾燥地方にして恰も砂漠の如し。此地に至れば樹木殆んど無く、僅かにセーヂブラッシと称する一種の醜草あるのみ。従つて一体に未開の土地多しと云ふ。即ち当オレゴン州は、地の東西に依て其事情殆んど全く異れり。西部には各種の樹木多く、就中グラフツリー即ちオレゴン松、頗る多し其樹木の繁茂せる土地は余り広からざれど、頗る緻密にして良材多く、米国に於ける森林の六分の一は、実に当州にありと称せらる。従て当州の人は如何に無益に伐材するとも、殆んど無尽蔵なりと誇称し居れり。併し将来人口増加し来らば、現今の如く無造作に焼き払ふことはなかるべし。遮莫前大統領ルーズベルト氏も、富源の保存殊に森林の倹約を厳重にせんことを切論し、且つ各地方の天災などを防がんことを努めたり。
コロンビア河は、太平洋沿岸第一の大河にして、源をロッキー山に発し、千四百哩を流れて太平洋に注ぐ、此河は諸処に急流ありて、大船はポ市附近以上に溯航するを得ず。其上流は閘門の制に依りてアイダホ州ルーイストン市まで上ることを得、此市河口より九百哩の上流にあり。沿岸諸地方は概ね土地乾燥し居れど、小麦の産出頗る多く、殊にスポケーン、ワラワラ地方には、大規模なる農業経営され居り、其小麦はコンバインド・ハーベスト・マシーンなどを用ひて苅込み居れり。コロンビア河に依てポ市に集注す。住民分賦に就て言へば、其雨量多き西部は、最も早く開拓されしを以て、人口も多し、即ち当州の人口四分の三は、分水嶺の以西にあり。而して東部オレゴン州に至れば、一平方哩の人口一人の割合にも達せず、之は灌漑の方法不備なればなり。然れども其方法さへ附かば、大いに発達すべき見込あり。斯く人口稀薄なる為め、之を開拓せんとて政府は自ら水の供給をなし居れり、蓋し欧洲より来る移住民を誘致せんが為ならん。
尚コロンビア河は、今より二十年前までは水浅く、僅かに十五・六呎に過ぎざりしも、沙市などの長足なる進歩発達に覚醒され、且つはジェームス・ヒル氏の力に依りて大発達をなせり。而して現今にては二十六呎の水深となり居れば、大船も自由に入港し得べし。尚ほパナマ運河の開鑿全通までには、浚渫を完全ならしめんとて、市民頗る努力し居れり。又た政府は陸軍省に命令して、目下河口のみの開鑿に従事し居れり。更に産業に就て云はゞ、西部は気候温暖にして、雨量も多ければ、農業最も発達し居れり、彼のフード河岸の林檎の如きは、最も有名にして、遠く倫敦の市場にまで輸出し居れり。太平洋沿岸は殊に牧畜業に適せり。然るに東部オレゴンは、現今まで殆んど開拓されず、僅かに麦若くは牧草を獲るに過ぎざれども、此東部オレゴンにも無限の財源はあるなり。元来此地方及び以南は、ハリマン氏の鉄道系統に属せしも、同氏は専ら、南カリフォルニヤに力を尽し居れるを以て、遂にヒル氏の勢力範囲内に移れるの観を生じ来れり。尚ほコロンビア河には鮭の漁獲甚だ多し、其概況は既に当市森林館に於て見られたるが如し。
当州第一の都市はポートランドにして、人口約二十五万あり。其他は僅かに一・二万を有する小都会に過ぎず。ポ市領事館の管轄区域は三州に亘り、其州内に住む同胞の数は、ワイオミング二千人、オレゴン州三千人、アイダホ州二千人、合計七千有余の同胞あり。其の多くは労働に従事し居りて、中には三・四成功せしものあり。
オレゴン州は日本人にも土地の所有権を与へ居るが故に、在留同胞の為めに頗る便宜なりとす。
(『渋沢栄一伝記資料』第32巻p.126-127掲載)


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