「渡米実業団」日録

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 今から約100年前の1909(明治42)年、東京・大阪など6大都市の商業会議所を中心とした民間人51名が3ヶ月間にわたりアメリカ合衆国の主要都市を訪問し、民間の立場から、日本とアメリカの経済界を繋ぐパイプづくりに大きく貢献しました。
 この日録では「渡米実業団」(Honorary Commercial Commissioners of Japan to the United States of America)と呼ばれた日本初の大型ビジネスミッションの日々の出来事を、『渋沢栄一伝記資料』に再録された資料等で追いながら、過去に遡る形で掲載しています。

 1910(明治43)年1月5日(水) 渋沢栄一宛、金牌並徽章御嘉納の通知

竜門雑誌』 第260号 (1910.01) p.46-47

    ○金牌並徽章御嘉納
[前略]
                     用紙奉書巻紙
一 金製徽章 壱個
右先般米国視察実業団長として御渡米の際、太平洋沿岸聯合商業会議所に於て同団一行の為め鋳造せし徽章の原型により、紀念として
天皇陛下へ献納且大統領へ進呈の目的にて、特別調製候二個の一に有之、即伝献の儀我天長之佳節を卜して申入候趣を以て献上相成、早速 御前へ差出候処、彼国商業団の我国に対する誠実不渝の友誼、殊に御満足被 思召候旨
御沙汰候条、太平洋沿岸聯合商業会議所長へ可然御伝達有之度、此段申入候也
  明治四十三年一月五日
               宮内大臣 公爵岩倉具定
    男爵 渋沢栄一殿
        ―――――――
                     用紙奉書巻紙
一 金牌 壱個
右先般米国視察実業団長として御渡米、同国政府の造幣局参観之節、御一行へ贈り候紀念牌の原型に依り、特別調製候分、造幣局長より同国々務次官を経て
天皇陛下へ献納申入有之候趣を以て、伝献相成、即御前へ差出候処、御満足に被
思召候条、先方へ挨拶之儀可然御取計有之度、此段申入候也
  明治四十三年一月五日
               宮内大臣 公爵岩倉具定
    男爵 渋沢栄一殿
(『渋沢栄一伝記資料』第32巻p.448-449掲載)


渡米実業団誌』 (巌谷季雄, 1910.10) p.576-582

 ○第三編 第五章 徽章及び金牌伝献の件
    第三[節] 伝献の手続
[1909年12月28日より・前略] 越へて翌年一月五日付を以て、左の通り宮内大臣より来簡ありて、爰に何れも御嘉納あらせられたる趣の通知に接せり。
  ○宮内大臣ノ来翰前出ニツキ略ス。
[後略・1月14日へ]
(『渋沢栄一伝記資料』第32巻p.451掲載)