「渡米実業団」日録

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 今から約100年前の1909(明治42)年、東京・大阪など6大都市の商業会議所を中心とした民間人51名が3ヶ月間にわたりアメリカ合衆国の主要都市を訪問し、民間の立場から、日本とアメリカの経済界を繋ぐパイプづくりに大きく貢献しました。
 この日録では「渡米実業団」(Honorary Commercial Commissioners of Japan to the United States of America)と呼ばれた日本初の大型ビジネスミッションの日々の出来事を、『渋沢栄一伝記資料』に再録された資料等で追いながら、過去に遡る形で掲載しています。

 1909(明治42)年6月22日(火) 日本の五商業会議所から承諾の回答

渡米実業団誌』 (巌谷季雄, 1910.10) p.14-72

[前略] 右 [5月10日着の招待状] に対し、東京・大阪・京都・横浜及神戸の五商業会議所は、左の通り回答して承諾の意を表したり。
 以書翰致啓上候、陳者東京・大阪・京都・横浜及神戸の五商業会議所の会頭たる下名等は、三月廿六日附の貴簡を拝承し、其所属商業会議所に代り、玆にスポケーン、タコマ、ポートランド、シヤトル四商業会議所の寵招に対し、深厚なる謝意を表し、併せて欣然応諾の旨を申上度候。
 今回御計画の我実業家米国訪問の儀は、著しく両国間の友誼及び交情を増進し、由つて以て両国民間の商工業の関係に、新刺戟を与ふるものなることは、下名等の確信疑はざる所に有之候。
 就ては下名等五商業会議所は、近き将来に於て、適当なる代表的実業家三十名を選定すべく、此等の実業家は貴会議所の招待に応じ、貴国の各都市を訪問するの幸栄を有すべく候。而して右の人名其他詳細の儀は、追々御通知に及ぶべく候。
 茲に不取敢下名等の友誼及び敬意を表し候 敬具
   一九〇九年六月二十二日
           東京商業会議所会頭
                中野武営
           大阪商業会議所会頭
                土居通夫
           京都商業会議所会頭
                西村治兵衛
           横浜商業会議所会頭
                大谷嘉兵衛
           神戸商業会議所会頭
                松方幸次郎
    スポケーン商業会議所
    タコマ商業会議所
    ポートランド商業会議所
    シヤトル商業会議所     御中(各通)
(『渋沢栄一伝記資料』第32巻p.13-14掲載)